惜春

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惜春

 「羽山、桜井はどうだ?」  部長に背後から「どうだ?」と、突然声をかけられて立ち止まった。一瞬考えて答えを出す。  「とても仕事の覚えが早くて、こちらが戸惑うほどです」  「そうか、戦力としてあれくらいの奴が欲しいところだが。まあ、仕方ないか……」  「え?」  仕方ない……。  つまりそう言う事なのだ。  一年ほど預かって欲しいと言われたその期限が来たという事。既に暦は一巡してしまっている。そして、この時が来るのを自分も待っていたはずだった。  不安定にこぼれ始めた感情に引き摺られて、今の生活を失くす事など出来ないのだから。  「内示はもう出てるんだが、本人は何か言っていなかったか?」  「いえ、何も聞いてはおりませんが」  「そうか、来週には辞令が下りるから、割り振る仕事考えておけ」  「はい、承知しました」  内示はもう出ている……。  何も桜井からは聞いていないと、情けなくなった。確かに一時的に預かっただけだ。だがこの一年間、上司と部下として上手く仕事をしてきたはずだった。何かあったら真っ先に話してくれるとそう思っていた。そのくらい距離は近いと、それは全て勘違いだったのか。  「駄目だな……」     
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