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花曇り
「課長、何かお探しですか?」
いきなり声をかけられ、桜井の問いに驚く。デスク周りを軽く見回していただけなのだ、際して目立つような探し方はしていない。
「いや、倉庫の鍵が……」
「それでしたらデスクの右側、一番上の引き出しです」
「え?」
言われて引き出しを引くと、中のトレーに鍵が乗っていた。
「考え事をされる時、無意識にデスクの上のものを片付けていらっしゃることがありますよね」
桜井のその言葉にまた驚く。誰も知らない癖をなぜ桜井は気がついたのだろうか。いつも見ているのだろうか?
……いや、違う。
桜井はよく気がつく、そしてよく覚えている。それは誰に対してもそうなのだ。特別な事ではないと自分に言い聞かせる。
あいつは誰に対してもそうなのだ。
……そう、誰に対しても。
変な勘違いはしてはいけない。
「鍵、総務に返しておきます」
差し出された手に鍵を乗せたときに桜井の手に指先が触れた。その触れた指先がちりっとする。反射的に慌てて手を引いた。
「そうか、ありがとう」
礼を言う自分の声が上ずっているように感じて思わず下を向いてしまった。
……人の心を動かすのは大きな事より些細な事の積み重ねなのだ。
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