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「父様。母様。…ドミートリー様との婚約が白紙になってしまいましたわ。あれほど私の婚約を喜んでくださった二人には本当に申し訳なく思います……」
墓に積もっていた雪を丁寧に払いながら、エカチェリーナは亡き両親に語りかける。
「いつか、いつか分かりませんが、兄様がそちらにいったらうんと叱ってくださる?妹の話も聞かず未婚の女性に現を抜かして、本当にだらしがないんだから!……そんなことだから叔父様達のいいように財産も権利も毟られていっちゃうのだわ……でも、わたくしはもうセルゲイ兄様の助けにはなれないから……」
そこで言葉に詰まり、しばらく無言のまま嗚咽だけが辺りに響いた。
冷たい風に身を震わせて、暗くなりつつある空を見上げる。
これからどうしようか。
当てはないが、ひとまず辺境に嫁いだ叔母のアデリナを頼ることにしようか。
そこまでは到底徒歩でいけないが、手持ちのお金で足りるだろうか。
馬車はどこから出るのだろうか。
考えを巡らせていると誰かの足音が聞こえた。
セルゲイかもしれない。
咄嗟に墓の側の樹の後ろに回って隠れた。
しかし、積もった雪にはエカチェリーナの足跡がくっきり残っている。
やってきた誰かは当然のように新しい足音に気づいた。
「誰かいるのか」
兄の声ではなかったが、エカチェリーナは今は人に会いたくなかった。
誤魔化さねば。
「ニャ…ニャー…」
「…なんだ、猫か」
ざっざっと遠ざかっていく足音にエカチェリーナは安心――
「なんて言う訳ないでしょうが」
「きゃっ?!」
予想外に近くで聞こえた声に驚いて振り向く。
エカチェリーナが隠れた樹の幹に手をついて、公爵家付き従者のルカが呆れた顔を覗かせていた。
「やっぱり貴女ですか、エカチェリーナ様。暮れにいつまでも外にいると風邪を引きますよ」
「……貴方には関係無いでしょう」
遠ざかったと思ったのは、足音を殺しながら近づかれたからのようだった。
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