第三章

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「その人はね、大塚春明っていう人だったんだ」 「え……?」 千紗の動きが止まる。 「見つけた時はもう意識がなくて、結構焦ったんだよ」 僕が話を続けたのに、千紗はそのまま何も返してこなかった。 「……千紗?」 僕は嫌らしく、呼び掛ける。 「……え?」 千紗は明らかに動揺していた。 「……もしかして、知り合い?」 問いかけながら、ぼくは千紗をじっと伺う。 千紗はすぐに表情を引き締めると、僕の目を見て、「ううん」と大きく首を横に振った。 「それで、その人はどうなったの?」 動揺を上手に隠すように、あまり気のない素振りを見せるよう、洗いあがった食器を布巾で拭き始める。 僕の心は変にざらりとしていた。 千紗は僕に嘘をついた。 「病院に運ばれたよ。どうなったかは分からないけど、結構、重症だったみたい」 僕も千紗に嘘をついた。 医師の話では大塚は一命を取り留めたはずだ。 まだ目覚めていないけれど、きっと快方に向かうだろう。 だが重症だと言ってしまったのは、千紗を苦しめたくなったからだろうか。 「そう。その人、大丈夫だといいね」 千紗は他人事のようにそう返し、もう興味はないといった顔をして、皿を食器棚に仕舞い始めた。 僕はもう何も言わなかった。 ただその千紗の姿をしばらく見つめていた。
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