第三章

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4. 私はリビングのカーテンを引き、バス通りへと続く坂道を今日も眺めてしまっていた。 もうアキがここに来ることはない。 それは分かっていた。 昨晩、普段あまりお酒を飲まない彰人さんが、リビングで酔い潰れていた。 彰人さんは気付いてしまったのかもしれない。 忘れてしまえたと思えたあの頃の思いがまた、戻ってきてしまっているということを。 大塚春明、呼び名はアキ。 同じ名前の同級生がクラスに居たから、春明は大学一年生の時からみんなにずっと『アキ』と呼ばれていた。 アキと一緒に過ごした学生生活は本当に楽しかった。 私はアキのことが本当に大好きだった。 アキと付き合えて、幸せだった。 アキが突然、私に冷たくなって、中山文香と付き合うその時までは。 幸せが嘘のように崩れていって、それから私は泣いて過ごした。 今思い返しても、あれほど辛かった時期はないと思う。 本当に傷付いた。 私はアキを忘れようとした。 そして忘れたはずだった。 彰人さんに出会ったばかりの時は、確かに少しは彰人さんの声がアキの声に似ていると思ったかもしれない。 だけど、彰人さんのことを意識的にアキと重ねたことはこれまで無かった。 そうなってしまったのは、アキに抱かれてしまったあの日からだ。
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