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5.
「ただいま」
僕は誰もいない玄関で帰ったことを告げると、リビングのドアは開けずに、そのまま寝室へと向かった。
いつもなら、リビングに居る千紗の顔を見てから着替えに行くのに、僕は千紗の顔を見ることを避けてしまった。
寝室に入り、スーツの内ポケットから、紙を取り出す。
折り畳まれた紙を開くと、離婚届と書かれた文字に、ため息が溢れた。
自分が離婚したいと思ったから貰ってきたわけではなかった。
もし千紗が大塚のもとに行きたいと願うなら、僕が身を引こうと思ったからだ。
大塚が病気にならなければ、千紗の隣に居たのは大塚のはずだった。
僕は千紗にとって、大塚の代わりでしかない。
千紗と大塚がまた過去のように結ばれたのだとしたら、代わりでしかない僕に入る隙間など無い気がしたのだ。
離婚届を書く日までしまっておくために棚の扉を開くと、目隠しの布が閉まってある引き出しに目がいった。
その引き出しを開き、僕は目隠しの布を手に取る。
「おかえりなさい」
その瞬間、千紗が寝室のドアを開けて、中に入ってきた。
僕の手にあった目隠しの布と離婚届に気付いた千紗は、ショックを受けたように泣きっ面になる。
千紗はすぐさま、僕の身体に抱きついてきた。
「……彰人さん、ごめんなさい。だけど私は、彰人さんと別れたくない」
僕は千紗の言葉に驚くと共に戸惑ってしまった。
千紗の思いをどう受け止めていいか分からなかった。
「千紗は僕のことが好きなの?」
疑い始めていた千紗の思いを確認する。
千紗が頷く。
僕は抱きついていた千紗の腕を解き、千紗に向き直った。
「千紗の目の前に居るのは水瀬彰人だよ?」
「分かってる」
「僕は大塚晴明じゃない。千紗はちゃんと僕のことを見てるの?」
千紗はもう一度頷いた。
僕は一筋の希望を掴むように、僕の願いを千紗に問う。
「じゃあこれからは、僕のことだけを愛してくれるの?」
だが千紗はその質問には戸惑いを見せ、頷いてはくれなかった。
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