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8.
喪服姿の千紗とアイツが式場を出て、帰っていく。
その姿をぼくは遠目から、見送った。
「本当にさようなら、千紗。ありがとう」
ぼくはアイツと並んで歩いていく千紗の背中をいつまでも見つめていた。
「……あなたには呆れるわ」
ぼくの隣に、式場から出てきた喪服姿の文香が立つ。
「……君には借りができたね。いつ返せるか分からないけど……」
ぼくは中山に詫びた。
「ったく。病人は病人らしく、おとなしくしてなさいよ」
中山は冷たい声でぼくを責めた。
「病院の娘は怖いなぁ……。
でも、君が病院の娘で助かったよ。まあ、だからぼくの病気が君にはバレてしまったんだけど……」
ぼくは苦笑いをする。
「でも、わざわざ、あの二人に春明が死んだと思わせる必要なんてあったの? まだいつ死ぬか分からないのに」
「どのみち、いずれ死ぬのは本当なんだ。あの二人にとってぼくが死ぬ日が変わったって何も問題はない。
それに一刻も早く、二人をぼくから解放したかったんだ。
アイツも、ぼくが死ぬことで、千紗を許して、ぼくの分も千紗を愛してくれるはずだから」
ぼくは去っていく千紗とアイツの背中を見た。
「……本当にあなたには呆れるわ。千紗さんをそこまで好きなあなたに。
そんでもって、そんなあなたを好きな私にも、本当に呆れる!」
中山はそう言うと、ぼくを置いて式場に戻って行った。
偽もの葬式をこれから片付けなくてはいけない。
ぼくは文香を見送った後、再び、千紗とアイツの背中を見た。
二人はどんどん遠くなる。
もう二度と、千紗には会えないだろう。
さようなら、千紗。
アイツといつまでも幸せに……。
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