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「ちゃんと聞こえたよ」 女は俺の言葉を聞いた途端に泣き出した。 「いきなり何だよお前」 男の言葉には怒りがこもり、俺を睨みつける目は殺気立っている。 「あんた最低だな」 俺は男に吐き捨てる。 「は? お前には関係ないだろ!」 男は俺につかみかかってきた。押されて背中が食器棚にぶつかり、男は勢い任せで俺を床に押し倒した。その衝撃で俺は床に頭を打った。一瞬視界が揺れる。すぐに男が馬乗りになり、腕を振り上げ俺の顔へ……。 そこで意識が途切れた。 目を覚ますと天井が見えた。 「うっ……」 背中と頭の鈍い痛みに呻いた。 「気付きましたか? 痛いところは?」 知らないオッサンが俺を覗き込んだ。 「あれ? おれ……」 「大丈夫?」 あの女も俺の顔を見た。 「今から救急車に乗りますから。おい、担架持ってきて!」 オッサンが誰かに指示する怒鳴り声が頭に響く。 「は……」 何がどうなってるんだ? あの男は? 体を起こそうにも力が入らない。 「まだ起きないで。ありがとう……もう大丈夫だから」 女は安心しきった顔を初めて俺に向けた。その顔は改めて見ると本当に綺麗だ。 「あいつは?」 「パトカー……」 「そう……」 その言葉で状況を理解した。俺は横になったまま腕で目を覆った。 「だっせー俺。殴られて気絶とか」 「そんなことない。私は嬉しかった……」 女の目からは今にも涙が溢れそうだ。 「あのさ……」 「はい」 「あいつがもしまた現れても、俺いるし」 「え?」 「隣にいるし……」 「うん……ありがとう」 お互いにそれだけ言うのが精一杯だった。 ◇◇◇◇◇ トントン 隣部屋の壁を叩く音が聞こえた。それは晩飯ができた合図だ。俺は返事代わりにトンと壁を叩くと、自分の部屋を出て隣の部屋のドアを開けた。 このやり取りもあと少しで終わる。 来月には引っ越す予定だ。一緒に住むと決めたから、もうお互いに壁を叩かなくてもいい。家具もそれぞれの部屋から少しずつ持ち寄って、新しいものは一緒に選んだ。 あれから女の体に傷ができることはなくなった。今では俺と口喧嘩して時々泣かせてしまい、その度に俺は反省して謝る日常を繰り返している。 END
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