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◇◇◇◇◇
どうしよう……あの男だ。
今夜もまた男の声が聞こえた。女を酷く罵る声が。
あの人は大丈夫だろうか……。
布団にくるまり、隣部屋の様子に聞き耳をたてた。
トントン
小さく壁を叩く音がした。
トントン
まただ。確かに二回ずつ壁を叩く音がする。
トントン
俺は隣部屋の壁にトントンと二回返事をして額を壁につけた。
「俺、いるから……」
薄い壁の向こうに聞こえるかは分からないが、俺は隣の女に向けて小さく呟いた。
それからしばらく隣部屋からトントンと壁を二回叩く音がするようになった。今までなら迷惑だと思っただろうが、女が今日もなんとか耐えていられる証拠だと理解した。
それなのに今夜はいつもと違っていた。
規則的な鈍い音と床の軋み、男の怒声。女の泣き声はだんだん小さくなった。
俺は嫌な予感がした。壁の向こうを想像するのが怖かった。その時ドン! と隣部屋の壁を叩く音がした。
ドン!
「おいおい……」
ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!
激しく壁を叩かれた。
「くっそ……」
俺はスマートフォンを握り締め、震える指先で数字をタップした。
警察……警察に電話するしかできない……それからどうする? 警察が来るまで彼女は無事か? こんなに激しく壁を叩いて俺に訴えているのに……。
勢いよく立ち上がった。けれど決意に反して足は震える。それでも俺は部屋を飛び出した。
「おい! 開けろよ!」
隣部屋のチャイムを連打し、ドアを思いっきり叩いた。
「開けろ!」
「何ですか?」
あの男がドアを開けて出てきた。以前と変わらず人の良さそうな顔をして。
「もうやめろよ」
「はい?」
「警察呼んだから」
「何言って……」
俺は男を押し退けて無理矢理玄関に入った。
「おい!」
男が俺の肩をつかんだが振り払う。強引に奥に入ると、部屋の隅で女がうずくまっていた。周りには物が散乱している。
「来て」
俺は女の腕を掴むと立たせた。
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