隣の壁が壊れたら

1/12
前へ
/12ページ
次へ
   それはいつもより大きめの地震だった。  アパート全体が軋む音で目が覚めた。本棚やテレビがガタガタと震え、天井では裸電球が振り子のように揺れている。ひどい横揺れだ。ここは一階だが、体が転がっていきそうな程の振動に私は思わず怯えた。  布団に丸まったまま手を伸ばす。ちゃぶ台の上に置いていたiPhone 3G(2008年購入)を見ると、ひび割れた液晶に『震度4』の文字が浮かび上がっていた。日本では決して珍しくはない大きさの地震だ。だけれど毎回、私にとっては冷や汗ものなのである。  窓からは月明かり――もといコンビニ明かりが入り込み、室内を仄暗く照らしていた。薄闇に揺れる部屋を見つめながら、私はそわそわと揺れが収まるのを待っていた。  しかし、築78年の記録的建造物である我がアパートは唐突に限界を迎えた。 「え!?」 「え!?」  1Kの片側の壁が突如崩壊し、隣の部屋が丸見えになった。  そこにはパンツ一枚で布団に寝そべる隣田太郎の姿があった。  悪夢の始まりだった。  * 「管理会社に電話したがねい、これから修繕計画を練ることになるだねい。とりあえずこのまま、連絡を待っておくれいねい」 「そんな」 「そんな」  私と隣田くんは翌朝、アパートの真横に住んでいる大家金男のお宅を訪れた。  大家さんはこのアパートの大家さんだ。昨晩は天地を揺るがす程の崩壊音がしたはずだが、大家さんの家に行ってみても応答は無かった。  昨夜、大家さんは若手演歌歌手の(うた)ウマ子が結婚したことがショックで、ヤケ酒をしふて寝していたらしい。こちらはアパート全住民が我が101号室を見学しに来たくらいの騒ぎだったのに、ひどいものだ。 「あの、私たち今日からどうしたら……」 「とりあえず管理会社から連絡が来るからねい。それを待っておくれいねい」  大家さんはそう言うと、黄金に輝く分厚いドアを閉めた。  
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加