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志岐と入れ替わるように南のフルートが入る。憧れた雪平のピアノの音とは違う。あの、華やかな音より、少し色褪せているよう。でも、なんて深く、優しい音なんだろう。
それに合わせて音を重ねる。ささやかで淡い……違う。これだと、軽いだけだな。もっと深く、温かく。このピアノに合わせるように。
雪平を見る。楽しそうだった。
意識した瞬間気づく。この間奏のメロディは、初めて雪平のピアノを聞いたときのものだ。ひっそりと咲いていた花が告げた春から、変化していく。次々と花が咲き、鳥が歌って、豊かで鮮やかな春がきた。色彩溢れる絵本。あのとき、この楽譜を見たいと言った。それを、覚えていてくれたのか。
あの頃も、受験に向けた音楽は苦しくて、楽しめてはいなかった。だけどそれを忘れた。子どもっぽくはしゃいで。
『南は音楽に恋してんだな』
『最高の恋ができる』
『南になら、できる』
志岐の声が再び加わる。最後のサビは、明るく希望に満ちていた。煌めいて、空を見上げたくなるような声だった。
優しく、労わりながらも叱咤するピアノの音だった。
南の音は──
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