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ボックス席からオペラグラスで会場を見回していた父親が、誰かに呼ばれて立ち上がった。何気なく手元に置かれたオペラグラスを手に取った。会場にいる何千という燕尾服の男性と、イブニングドレスの女性、その中で何故あの男性に目がいったのか分からない。一瞬、視線が絡んだ、そんなわけは無いのに。黒い燕尾服を纏っているのに、その立ち姿はまるで純白の百合の花の様だった。ただ、ただ目が離せなかった、一斉にワルツを踊り出した時の流れるようなその動きに「綺麗だ」と、思いが声になっていた。
「何?」
「え?あ、すみません」
「何をそんなにまじまじと人の顔を見ている、君は一人で馬にも乗れないのか?」
くくっと笑い、そう告げると、スチュアートは馬を軽く走らせて去っていった。慌てて馬に飛び乗ると、後を追う。軽やかに風を切り馬が駆け出す。ああ、今日の風は心地良い。
軽快に前を走る馬を一定距離から見守るように追う、真っ直ぐに伸びたその背筋を見つめていたら、ぐらりとその景色が揺れた。茂みから野兎が飛び出してきたのだ。驚いたスチュアートの馬は嘶き前足を高くあげた。
「わあっ!」
勢いよく伸びあがった馬からバランスを崩して地面に振り落とされるのを見た。慌てて駆けよりスチュアートの馬の手綱を捕まえ落ち着かせる。馬から降りると、近くの木に馬を二頭つなぎとめた。
「大丈夫ですか?」
「つっ……」
手を差し伸べるが、スチュアートにつと視線を逸らされた。白いジョッパーズに薄っすらと血が滲んでいる。跪くとそっとその脚に触れる。
「痛みますか?」
「は?別に……つっ」
「強情ですね、痛いときは素直におっしゃってください」
「平気だ」
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