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カラッと晴れ渡った空。
1組のスーツ姿の男女が高級住宅街を歩いている。
女の方、真鍋幸子は空を見上げて、瞳を輝かせた。
「わぁ、いいお天気ですねぇ、小田さん」
小田と呼ばれた男は、気だるげにちらりとだけ青空を見た。
「あぁ、昨日の豪雨が嘘みたいだな」
小田の返答を特別気にすることなく、続いて真鍋は感心したように辺りを見渡した。
「わぁ、この辺りのお家はどこもお金持ちそうですねぇ、小田さん」
先ほどと全く同じ感嘆詞を用いる真鍋。
しかし、それ以上に小田は驚く。
「は? 幸子お前、何も知らないでついてきたのか?」
真鍋はようやく小田の方に顔を向けると、きょとんとした瞳で首を傾げた。
「?? そんな訳ないじゃないですか。私、仕事内容を忘れるほどぽんこつじゃないですよ」
小田の質問の意図とは少しばかりずれた回答を見せる真鍋に、小田は呆れた視線を向ける。
「いや、そういうことじゃねぇよ」
2つの影が坂道を登っていく。
真っ青に晴れ渡った空が、そんな2人を見下ろしていた。
小田の声が閑静な住宅街に響く。
「ここは高級住宅街だ。金持ちそうとかじゃなく、本当に金持ちなんだよ」
彼の言葉に真鍋は銀縁メガネの奥の瞳を大きく見開いた。
「え、そうなんですか!」
小田は、期待を裏切らない部下の反応に思わずため息をついた。
それから、坂の上に見えた洋館を顎で指し示す。
その赤レンガの洋館は、高級住宅街の中でも一番大きく、また古くからそこにあったような名家の風格を醸し出していた。
小田は、眩しそうに目を細めた後、
「そして、あこそに見えるのが西園寺家だ。ここら一帯を締めている、由緒正しきお金持ちさんだよ。そして、俺たちは今まさにそこへ向かっているのさ」
そう言って、肩を竦めた。
真鍋は、その情報に唖然として口を開けっ放しにしている。
そして、口の形はそのままに、彼女は心の声を口にした。
「えぇぇぇぇぇ!!」
高級住宅街の小鳥たちが驚いて空に飛び立つも、真鍋自身は立ち止まっていた。
ダメだこりゃ。
小田は心の中でそうぼやくと、部下を置いてすたすたと先へ歩いていく。
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