第一話 紳士と黒猫

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「やーっと帰ったわね。それで? なんであんな嘘ついたのよ。私が記憶喪失なんて。それに、あの人たち確実に私たちのこと勘違いしていったわよ」 「うーん、どうしてだろうね」 レオンは柔和な笑顔ではぐらかすも、あゆみは嫌悪の表情を浮かべる。 「私、その笑顔嫌いだわ」 「そう、ありがとう」 「会話が噛み合ってないわよ」 レオンはあゆみの指から再び煙草を取り上げる。 「それよりも、また吸っているじゃないか。『箱庭のモナ・リザ』を手に入れられなかったことがそんなに悔しいのかい?」 あゆみはふてくされて、毛布の中に入り込む。 レオンは布団の上から彼女の頭をぽんぽんと優しく叩いた。 「夜ご飯になったら榎本を呼びにこさせるよ」 それだけ告げて、レオンは客間を出ていった。 そして、自ら閉じた客間の扉にもたれかかり、先程まであゆみが吸っていた煙草を1度だけ吸う。 「まったく……とんだ黒猫を拾ってしまったみたいだ……」 レオンは昨夜のことを思い返していた。 あゆみと出会った夜のことを。 土砂降りの雨の中、西園寺家の屋根の上にあゆみはひっそりと身を潜めていた。 「この雨の中じゃあ、『箱庭のモナ・リザ』も無事に持って帰られるかどうか……」 あゆみは“悪魔の微笑み”と呼ばれる名画『箱庭のモナ・リザ』を思い浮かべ、うっとりと目を細めた。 「あ~、だけど『箱庭のモナ・リザ』をもし手にすることができたのなら、想像もできないほど幸せなんだろうなぁ」 そのとき、あゆみの足元にあった隠し扉の屋根が内側に開いた。 突然、足場を失ったあゆみはびっくりした顔のまま、西園寺家の洋館へと落ちていく。 どしん! と大きな音と共に屋根裏部屋に落ちたあゆみを出迎えたのは、西園寺レオンその人であった。 彼は冷ややかな笑みを浮かべ、 「やぁ、子猫ちゃんの探しているものはこれかな?」 『箱庭のモナ・リザ』を手に掲げた。
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