昭和の終わる音

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 だが、放送終了の「君が代」は聴きたくないーー決して政治的な思想や信条上の理由などではなく、夜中にあの重苦しい音楽を独りで聴くのが単に怖い。  音量自体も時間帯の割には意外と大きくて身構えていてもぎくりとするし、せめてオルゴール風の軽めな編曲とかにしてくれればいいのにーー軽薄短小の時代なのだから。  ニュースの前番組もやはりグッと落ち着いた雰囲気の音楽番組で、耳を傾けていたら唐突にそれが途切れた。少し経って、アンテナの調子では無く故障かもしれないと手を伸ばした途端、 「臨時ニュースをお伝えします」  とアナウンスが入った。 「臨時ニュース」なんて言葉は記憶にある限り、ドラマの一場面でしか遭遇したことがない。  もはや戦後ではない高度経済成長後の一億総中流時代、かつて戦後の窮乏期を知る親世代が憧れたアメリカと同レベルの大量生産、大量消費社会に到達した飽食の時代だ。飢餓や戦乱は海の向こう側、バブル経済全盛期の繁栄と予定調和を堪能する平和ボケ社会である。  季節柄台風情報などは入ることがあるが。 「天皇陛下におかれましては本日、吹上御所でお倒れになり……」  皇室には特に強い関心も反感も持っていない亜子だが、これには驚いた。  それに夏休みで実家に帰省した時、戦没者追悼式典に今上天皇が出席したというニュースをテレビ映像で見たばかりだった。戦前生まれの祖母が「すっかりお元気になんさって、良うがんした」とテレビに手を合わせていたのを覚えている。  昨年春、晩餐会の最中に体調を崩し、日本人男子の平均寿命が七五歳台という時代に八六歳という高齢で開腹手術を受けたことも大きなニュースになった。その後「順調に御回復になり公務に復帰され」たことも大きく取り上げられていた。 「おばあちゃん、がっかりしていないかなあ……」  ラジオは眠るのを止め、第一報が定期的に繰り返される合間にクラシック音楽が流れた。つけっぱなしのラジオを聴きながらいつの間にか眠りに落ち、未明に行われた官房長官の記者会見でまた目が覚めた  
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