昭和の終わる音

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 何だか理不尽な気もするが、そういう方向にしか頑張れないし、そういう風にしか生きられないので仕方がない。  今の学校でも日の当たる側にいるのであろう優美の、愛嬌のある笑顔を思い出して顔を綻ばせ、再び教科書やノートを首っ引きにレポート用紙を埋める作業に戻る。  が、組み立てた思考がその端から、レポート用紙の上の文字や軽快なフレーズと共に意味を手放し散り解けていくーー亜子はハッと顔を上げ、ピシャリと両頬を叩いた。 ーー今夜はもう無理かなあ……三時間ほど仮眠をとって、早朝頑張るか……  深夜のニュースを聴くためにチューニングを変えた。  短いニュースが終われば一時の時報、その後に低音の効いた「君が代」の荘厳なインストゥルメンタル、放送終了のコールサインを合図にラジオは早朝五時まで眠りにつく。テレビはこの部屋にはない。  高校時代に貴子や優美に影響されて布団の中で音量を絞りながら夢中になっていた番組の多くは、孤立無援の受験勉強から解放されてしまうと何故かもう気分ではなくなっていた。  平日は講義とサークルとバイトで部屋にはほとんどいないし、たまの予定のない休日も溜まった洗濯と掃除と課題で終わってしまう。のんびり座って観ている時間なんてない。  今持っているラジカセなら、最新の音楽媒体であるCDプレイヤーもついているし、カセットテープのダビングもエアチェックもできる。テレビ音声も1チャンネルから3チャンネルまで聞けるーー関東ならNHKとNHK教育だ。  ながら勉強のBGMも、夕暮れ時や真夜中のふとした人恋しさを紛らわせるにも十分だ。
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