不謹慎な新年

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 亜子にとっては卒業以来の、同窓生達と初めての酒宴は明日の晴れ舞台に備えて早々にお開きになった。男子の中には二次会に向かった勢もいたようだが、振袖の着付けや写真撮影で翌朝が早い女子の大半は三々五々、亜子達を含む一団はぞろぞろと町でたった一つの駅の前に出た。  鳴物入りの分割民営化で国鉄からJR東日本に経営が変わり、一層存続が危ぶまれるようになった三両編成の赤字ローカル線は夜の九時前に終電だし、バスもほぼ日暮れとともに終便となる。コンビニエンスストアもファミレスも無い駅前商店街は飲み屋以外はその時間帯までにシャッターを降ろしてしまう。  浅く雪の積もったロータリーでタクシー乗り場の場所を目見当で探し、後は白い呼気を盛大に吐き出しながらひたすら駄弁る。お互いの近況や恋の話、同級生や後輩の近況、ちらほら聞こえてき始める先輩の結婚話……エトセトラ。  そうこうしているうちにある者は家族の迎えの車が来、ある者は徒歩で連れ立って帰って行く。後に残ったのは雪中行軍気分なら徒歩で帰れないこともない、それぞれ絶妙な距離の別方向に住んでいる亜子達三人だ。  次のバスも電車も数分か遅くとも数十分単位で終日来てくれて雪も滅多に積もらないーーそんな便利で快適な都会暮らしにすっかり慣れて感覚がズレてしまっているのだとは思うが、こんな場所で深夜営業のタクシーをただ待っているというのはやはり無謀な試みなのかもしれない。それでもまだ何となく別れがたい。  それ自体が目的であるかのような、無意味に寒さに耐えながら意義もなく無駄に潰す時間は、気分を屈託のない高校時代に戻してくれる。 「私やっぱり、こっちに来てよかったんだと思う……」  亜子が鼻水を啜りながら夜空を仰いでしみじみと呟くと、冴え冴えと輝く冬の星座が蒸気で曇ったーー今住んでいるのは農村風景の中に忽然と現れた大学施設とじわじわと増殖する商業地、不動産屋の分譲地からなる名ばかりの学園都市だ。数えるほどしか星は見えない。
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