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ーー星屑達よ聞いて……
寒さ凌ぎに亜子がレベッカのナンバーを歌い、三人ともボーカルのNOKKOを真似てダブルのコートに風をはらんで踊り出す。
男性のバンドメンバーに女性ボーカルという当時斬新なスタイルでスターダムにのしあがったレベッカ。カッコよくて可愛いNOKKOは亜子達の憧れだった。
「76TH STARってハレー彗星の事だよね?私達が八歳の時に一度来てて空に見えたんだって」
亜子が噴煙のような息を切らしながら聞くと、二人とも「全然覚えてなーい」と答える。
「うそ、あんなにブームになって大騒ぎだったのに」
「UFOとかネッシーとかスプーン曲げなら覚えてる」
「彗星って流星群とどう違うの?」
「まあいいや。八四歳の時にまた来るそうだから。長生きして一緒に見ようね」
二人の親友からは即座にブーイングが帰って来る。
「えーやだ。あははは。オバン通り越してお婆ちゃんじゃん」
「そんなシワクチャになるまで生きていたくない」
「ノストラダムスの大予言でみんな、一九九九年に死んじゃうんじゃない?」
「別にいい。三十まで生きたくないし」
「あははははは」
箸が転げても可笑しい年頃のブラックな大はしゃぎ。
発表されたばかりの年号も、明日着る予定の振袖よろしく全然身に馴染まない。新しい時代が始まったという実感などもっと湧かないし、これから先の時代なんて塀の先の曲がり角のようなもので、どこがどうなって何にぶつかるかなんて皆目見当もつかない。
せめて日々目まぐるしく取り込まれるカタカナのモノや概念、新しくなる景色ーーそういった色々が皆んなを幸せで輝かしい方向に連れて行ってくれればいいと思う。
願った通りの自分にはまだ遠いが、選んだ道を後悔はしてはいない。二つに分かれた道を同時には歩けない。
「この晩のこと、この先も覚えてたらいいなーー歳をとってお婆ちゃんになってからも時々思い出すの」
亜子はもう一度空を見上げて言った。
この町だけはずっとこのままーー風景も人も物も、昭和の古色蒼然としたままなんじゃないか。そんな気がしている。
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