降霊祭

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 精霊と取引をした我々は、村に帰還した後、文字通り『人が変わった』――ように振る舞った。大人達に素直に従い、誰よりも真面目に勉強に勤しんだ。  『精霊の供物になると、悪しき心が喰われる』――村人に伝えた嘘は、我々が身を以て見せた変貌が実証になり、疑う者は皆無になった。今では、どんな我儘な子どもでも『降霊祭の贄にするぞ』と言えば、震え上がって大人しくなるものだ。 「早かったかね」  隣の旧友は、灰色の顎髭を撫でながら、窓を叩く白い礫をジッと見ている。 「ああ……我々も老けたな」  黒かった彼の髪は色素が薄れ、瞳と同じ色になった。私の赤毛も寄る年波には勝てず、かなり寂しくなってしまった。  40年が経ち、見た目は確かに変わったが、胸の内に宿る想い気持ちは変わっていない。  村長となった黒髪の少年カールは、伝統行事の『降霊祭』を観光資源に作り替え、村を発展させた。  校長となった赤毛の少年は、社会に貢献し続ける教育者として、名実共に村の名士となった。  あの降霊祭の夜、マザーツリーの根元から生還した少年達は、密かに誓い合ったのだ。  我々を蔑んできた村人から尊敬を集め、彼らを支配する立場に就いてやる――と。 「もう一仕事残っている。老体に鞭打たねばならんのだから、少し横になれよ」  カールがポンポンと私の背に触れる。大きな掌が温かい。 「そうだな。宴も終盤か」  話す間に、窓越しの吹雪が収まってきた。私はカーテンを閉め、村長と一緒にソファーに戻り、それぞれ身を沈めた。  精霊に心を喰われた贄は、過去の記憶も人格も、全てを失う。精霊に遭ったことすら、覚えてはいない。  村人が信じるように、『悪しき心』のみ選り好んで、都合良く消してくれるはずなどないのだ。  だから我々が、人目に付く前に贄を回収し、学内のはなれに運び込む。記憶を無くした赤子のような贄に知識と躾を植え付け、社会に適合する人間を造り上げていくのである。  あの粗暴なシュルツも、数時間後には、無垢な天使の微笑みで我々を迎えてくれることだろう。我が校の教員達も、特進クラスの寮で彼の帰還を楽しみに待っている。
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