あの夜が全ての始まりだった。

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「だから貴方はダメなのよ!」 「一生懸命働いてる主人にそんな言い方はないだろう!」 「"一生懸命働いてる"?何それ?そんなセリフは私より稼げるようになってから言いなさいよ!」 毎晩繰り広げられる両親の喧嘩。 弁護士でばりばり働く母と、かたや中小企業で万年平社員の父は、友人の結婚式で出会った。 業績好調なベンチャー企業に勤め、エリート街道まっしぐらだった父は、弁護士を目指して大学院に通っていた母には大人の男に思えたらしく、すぐに意気投合してスピード婚を果たした。 しかしいつしか父の会社の業績は右肩下がりを始め、晴れて弁護士となった母はあっという間に父の給料を抜いてしまった。 それからというもの、不甲斐ない夫に苛立ちを隠せない母は、毎日の様に小言を言う様になった。 女は何て残酷なんだ。 父だって一生懸命働いているのに。 同じ男として同情してしまう。 しかしこのタイミングで俺が2人の前に出ると、母の標的は不甲斐ない男2の俺に向いてしまう。 それだけは避けねばならない。 心の中で、助けられない息子を許しておくれと父に謝りつつ、ライフウォーターを諦めて部屋へと戻った。 「気が強い女なんて絶対御免だ。それに比べて…。」 俺は1枚の写真を取り出す。 「安斎さんは良いよなぁ…。」 そこに写っているのは同級生の安斎美雪(あんざいみゆき)。 人当たりの良いおっとりとした性格でいつもニコニコしている彼女は見ているだけで癒される。 あれは入学してすぐの頃、ただでさえ狭い廊下を我が物顏で歩く女子の集団にぶつかられ、俺は眼鏡を落としてしまった。 ぶつかった女子は謝るどころか俺に軽蔑の眼差しを向けてそのまま通り過ぎて行ったが、その時天使は舞い降りた。 「大丈夫?」 そう言って話し掛けてきた彼女の手には俺の瓶底眼鏡。 その声に顔を上げると、笑顔でこちらを見る安斎さんの姿があった。 しかし女子の免疫がない俺はお礼を言うこともできず、眼鏡を受け取ると逃げる様にその場を後にしてしまった。 あれからというもの、彼女を見つけては目で追ってしまう自分が居た。 これが恋心だと気付いてはいたが、クラスメイトではあるものの何の接点もない俺がアプローチできる訳もなく、半年以上が過ぎた頃、転機は訪れる。 なんと席替えで隣の席になったのだ。 今しかないと思った俺だったが、結局何もできずに3学期が終わろうとしていた。
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