透明人間

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 透明人間、なんだと思う。  ぼくはね。  だって、だれもぼくに話しかけてくれない。  話しかけても、答えてくれない。  だから、透明人間として生きてゆく。  そう決めた。  そう決めたら、なんだかおもしろくなってきた。  なんでもできる。  透明人間なんだもん。  スマホは答えてくれる。  いろいろ話しかけていたら、口がすっぱくなった。  ガムが欲しくなった。  コンビニに入る。  ガムをひとつ取る。  そのまま店を出る。  声をかけられた。  ふり向いた。  声をかけてくれたことがうれしくて。  手をつかまれた。  ああ、人の手ってあったかい。  手をつかまれたまま、店の奥につれていかれた。  小さな部屋に入る。  椅子に座らされた。  何を聞かれてもずっと笑顔のままなので、その人はあきれて部屋を出ていった。  しばらくして、警官がひとり入ってきた。  また、お前か。  警官はそういった。  おかしいな、前にあったかな?  思い出せない。  またしばらくして、年の離れた兄があらわれた。  兄はぼくを見て泣いた。  その涙を見て、ぼくは思い出す。  雪の夜。  数人の男たちに、こんな顔にされたことを。  電車は遅れ、タクシーはつかまらなかった。  バス停で、乱れた列に割り込みしてきた酔った中年の男たちに話しかけたらそうなった。  だれも言わないからぼくが言った。  親切のつもりだった。  殴られているあいだ、だれも助けてくれなかった。  怖いよね。  巻き添えになるのはね。  でも警察と救急車は呼んでくれたみたい。  それ以来、あたまのなかのいろんなことがぐちゃぐちゃになった。  だからときたま、こうなってしまう。  兄の涙だけが、ぼくをふたたび正気に戻してくれる。  ぼくは隙をついて部屋を飛び出す。  店も飛び出して、ぼくは道路に身を投げた。  トラックの急ブレーキが聞こえた……    
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