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銀には、かず宅の他にもうひとつ、お気に入りの場所がある。
かずの車のボンネットや屋根の上である。
エンジンを切ってもしばらくは暖かいボンネットの上は、特に冬場のお気に入り。
ただし、ただ暖かいという理由だけではない。
かず宅には車庫はなく、青空駐車である。
庭木のすぐ脇にいつも止めてある車は、彼にとって、庭木に集まる鳥達を捕まえる、格好の足場なのである。
ドタン!! バッタン!!
今日も銀は、かずの車からジャンプして庭木に飛び移り、狩りにいそしんでいる。
まったく、本当に野性的になったもんだ、あのヌボーッとしてた猫が。
おかげでかずの車のボンネットやフロントガラス・リアガラスは、いつも肉球の足跡だらけ、爪傷だらけである。
ある日、かず宅のドアの外で銀が鳴いた。
「うおーん……おおーん……」
めったに声を出さない銀だが、それにしても変にくぐもった唸るような声。
「どうした?」
10㎝の隙間から顔を覗かせた彼は。
雀をくわえていた。
「うおーん……おおーん……」
「はは、すごいな銀。よく雀なんか捕まえられるね。
誉めてほしいの? すごいすごい!
それとも私にくれるの?」
「うおーん……おおーん……」
彼は得意気に鳴いて、雀をくわえたまま去って行った。
「飼い主には、狩りの成果を見せて、誉めてもらいたいのよ、猫は。
銀、ウチにも色々捕まえて持って帰って来るよ。
雀の他にもツバメとかモグラとかネズミとか。
恩返しみたいなもんだから、誉めてやって」
銀が雀捕って来たよ、と報告したかずに、隣家の面々は事も無げに、銀のこれまでの戦績をつらつらと挙げ、誉め称えるのであった。
そうかそうか、恩返しね。
銀のヤツめ、なかなか可愛いとこあるじゃないか。
しばらくの後。
「うおーん……おおーん……」
また、くぐもった唸るような声で鳴く銀のシルエットが、ガラス戸の外に見えた。
「今度は何を捕って来た?」
10㎝の隙間から顔を覗かせた彼を見て。
かずは初めて、無言でその10㎝の隙間をピシャリと閉じた。
「うおーん……おおーん……」
開けてくれと唸る銀。
その口の両端からだらんと垂れ下がる、にょろにょろした細長いシルエットは……!!
銀よ。
ありがとう。気持ちは嬉しい。嬉しいが、しかし!!
その恩返しだけは要らない……。
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