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紹介したエピソードは、紛れもなく実話ではあるが、
実はもうかなり昔のお話である。
臨場感を楽しんでいただきたくて、あえて現在進行形のように書いてきたことをお許し願いたい。
我が物顔の同居人、隣家の飼い猫『銀』は、すでにこの世にはいない。
銀のその後を書くことで、終章としよう。
ある頃から銀は、目に見えて痩せた。
相変わらず、かず宅で過ごすことが多かったが、ある日かずが帰宅すると、いつものベッドではなく、応接間の隅にうずくまっていた。
特に不思議にも思わず、かずはそのまま就寝したが、翌朝起きて見ると、銀は昨夜のまま、同じ場所に、寸分違わぬ同じポーズでうずくまったままだった。
異変に気づいたかずは、銀を抱き上げ、隣家に連れて行った。
「伯母ちゃん、銀、何だかおかしいよ。
病院連れてったほうがいい」
診断は、猫エイズ。
野良猫との喧嘩などで感染したのだろう、余命はそう長くないとの宣告。
『猫エイズは、人間には感染しないが、猫どうしには感染する。
他にも飼い猫がいるのならば、みな検査の上、感染している猫は隔離して下さい』……
隣家の飼い猫5匹の検査の結果、幸いにも感染していたのは銀だけだった。
隣家では、かずを交えて、隔離のしかたが話し合われた。
「かずの家のほうが、銀はくつろげるだろう。
かずの家なら銀1匹だけだから、わざわざ狭いケージの中に隔離しなくていいし、自由に動き回って過ごせる」
「でも、ほとんど留守にしてるかずの家で、一人ぼっちで過ごさせるのはどうかな。
私たちがちょくちょく様子を見に行くとしたって、いつ急変するかわからないのに。一人ぼっちで死なせてしまうかもしれない」
結局銀は、隣家にしつらえたケージの中で余生を過ごし、隣家の面々に見守られて最期を迎えた。
猫は、人ではなく家につくという。
死期を悟ると家を出て、近くの草むらなどに身を隠し、ひっそりと死んでいく。家主には最期の姿を見せない。
かず宅でも昔は猫を何匹も放し飼いしていたが、
家の中で最期を看取った猫は一匹もいない。
住み処は、猫にとっては命ある者だけの聖地なのではないか、と思える。
銀にとっての聖地は、どちらだったのだろう。
かず宅の10㎝の隙間は、閉じられて久しい。
冬場の隙間風もなくなった。
それでも、かずの気持ちの中では、10㎝の隙間は今もずっと開けられている。
Fin.
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