雪夜行

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 間に合うようにと祈る一方、母の死を看取るのが怖い気もした。母とは年に一度、盆か正月に会う程度だった。たまに電話をすることもあったけれど、認知症が進み、施設に入ってからは、ほとんど会っていない。近所に住む従姉が時々顔を出していたようだが、「さつきちゃん」と名前は知っていても、自分の姪だとはわからないらしい。息子の私のことなど、もっとわからないに違いない。  毎日顔を合わせていれば違ったかもしれないが、あいにく私は名古屋で働いており、母は私が社会人になると同時に、故郷の金沢へと戻った。嫁ぎ先の東京には、まるで未練がないとでもいうように。  小学生の頃、父と母が離婚した。私は母に引き取られ、大学を卒業するまで東京で暮らしていた。仕事の配属先が名古屋に決まると、母は一人でいてもしょうがないと言って、実家のある金沢に帰っていった。といっても、生まれ育った家は伯父一家が住んでいたので、近所の安アパートでひとり暮らしを始めた。パートタイムで働きながら、私からの仕送りと合わせて、細々と暮らしていたようだ。  いつ訪れても、必要最低限の物しかない簡素な部屋だった。そこに小柄な母がぽつんと佇んでいる。私は言いようのない物寂しさを覚えたが、母は閉じた世界に満足し、安住しているようにも見えたので、何も言わなかった。  母は、積極的に他人と関わることを好まない女性だった。常に自分と他人を切り離し、ガラス越しに会話をするような空々しさがあった。それは息子である私に対しても同様であった。     
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