雪夜行

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 二十代後半の頃、私には婚約者がいた。彼女の両親に挨拶を済ませ、次は私の母に紹介しようという段になり、彼女の裏切りが発覚した。彼女は涙ながらに私に謝罪をしたが、結局昔の恋人が忘れられず、私の元を去っていった。  事前に婚約者がいることは伝えていたので、母に話さないわけにはいかなかった。私が婚約解消を告げると、母は理由を聞くでもなく、残念がる素振りすらなく、ただ「ああ、そう」と言った。 「わたしに似て、運がないのね」  自嘲する気配はなく、母は淡々と呟いた。父と離別したのは、父がほかの女と出奔したからだった。おのれの伴侶と定めた人間に去られるところまで似なくてもよいだろう。  けれど、やはり母と私は似た者親子なのだなと実感するのは、逃げられた側なのに、それを哀しいとも寂しいとも思っていないところだった。さすがに彼女の裏切りを知ったときはショックを受けたが、別れ話をして、母に報告する頃には、とっくに過去の出来事になっていた。彼女を好ましいと思っていたけれど、未練は残らなかった。  そういう薄情さを、もしかしたら彼女は見抜いていたのかもしれない。母も、父が出奔した直後は途方に暮れていたが、寂しがっている様子はついぞ見かけなかった。 「困ったわね。明日のご飯、どうしようかしら」     
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