雪夜行

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 視線を窓に動かすと、外は暗かった。そこにぼうっと人影が浮かび上がった。目を凝らすと、若い女が、腰まである黒髪を振り乱し、雪の中で泣き叫んでいる。着物の裾は乱れ、寒さのためか肌が異常に青白い。けれど、涙に濡れた目だけは爛々と光り、憎悪を撒き散らしている。なぜか、彼女が「菊姉ちゃん」なのだと直感した。  彼女の言葉は汽笛に掻き消されて聞こえない。そのくせ、ただひたすら、呪詛のように彼女の恨みつらみが伝わってくる。私は彼女と目が合ったまま、逸らせずにいた。心臓は早鐘を打ち、呼吸が浅くなる。じわりと冷や汗まで滲み、心なし、彼女が近づいてくるようにさえ感じられた。彼女は口汚く私を責め立てる。何を言っているかわからないけれど、私は彼女に殺されるのだと本気で思った。  雪原に立っていた彼女は、いつの間にか車窓に張り付いていた。眼球は飛び出しかかっており、細い首はどす黒く染まっていた。ガラス越しに対峙する彼女はもはや人間ではなく、幽鬼そのものであった。  私は悲鳴を上げ、そこで目を覚ました。まばらにいた乗客がぎょっとした様子で私を見てくる。たまたま通りかかった車掌が心配して声をかけてくれたが、大丈夫だと返すだけで精一杯だった。  夢から覚めてしばらく経っても、動悸は激しいままだった。すっかり冷めてしまったペットボトルのお茶をひと口含む。喉が異様に乾いていた。     
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