雪夜行

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「明るいというより、そうね……精神的に幼くなった感じかしら。子どもみたいに屈託なく笑うの。おばちゃんの笑顔なんて、わたしが見たの、そのときが初めてかもしれないわ」  母は幼少期の思い出を支離滅裂ながらも従姉に話したらしい。兄ちゃん――伯父のことだ――が得意げに木登りを始めたものの、相当な高さから落ちて大目玉を食らったことや、近所の犬をからかっていたら手を噛まれて大泣きしたこと、戦争が始まってからは食糧難で腹を空かせてばかりいたことなど、脳裏に浮かんだ事柄を実に楽しそうに語ったそうだ。 「専門的なことはわからないけれど、もしかしたら、認知症が進んで、精神的にも影響が出たのかもね。菊子さんの件も」  ただ、「菊姉ちゃん」は、楽しそうに話す内容には一度も出てこなかったようだ。母が錯乱し、泣き出すときにだけ、決まって「菊姉ちゃん」が出てきた。 「生前、父が何かの折りに話してくれたことがあってね。ずいぶん昔のことだし、酔っ払っていたから、本当かどうかも怪しいんだけど、菊子さん、表向きは病死だったけど、実は自殺したんですって。雪の夜に、首を吊って。それを発見したのが父とおばちゃんらしいの」  伯父によると、「菊姉ちゃん」には、密かに想い合った恋人がいた。けれど、相手は裕福な家庭の息子で、農家の娘であった彼女との交際を反対されていた。     
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