――勇者ジュレ・バーベルスベルクの日記より抜粋――

1/21
前へ
/49ページ
次へ

――勇者ジュレ・バーベルスベルクの日記より抜粋――

 スーラ歴五月十二日  ナダイ様が危篤との知らせを受けた。  イェンセス王立武官学校に修学し九年目。  家族から初めて受け取った手紙がこれだ。  私はすぐに二日の暇をもらい、馬をひたすら走らせたが、家に着いた時には、すでに遅し。  私の母親代わりであったナダイ様は、前日に安住の地へと旅立たれていたのだ。  久しく見ない間に、ナダイ様はすっかり小さくなられていた。  私はベッドの脇に跪き、ひとしきり涙を流した。 「母は、あんたが立派な勇者になるのをずっと楽しみにしていたの」  一人息子であるカーリャ様は、私の後ろでぽつりと言った。  鎧師ナダイ・バーベルスベルクの名は近隣諸国に広く知れ渡ってから長い。  十五年前、家の前に捨てられていた赤子の私を、ナダイ様は本当の娘のように、当時六歳になるひとり息子のカーリャ様と共に温かく、厳しく育ててくださった。  私が六歳になった時、ナダイ様は私の目を見据えて言った。 「ジュレ、おまえには勇者の血が流れている。おまえが女だから勇者の家柄にはふさわしくなかったのか、おまえの捨てられた理由はわからない。しかし私にはわかる。ジュレ、おまえは勇者になる運命にあると」  それからすぐにナダイ様は、別れを嫌がり泣く私を王都イェンセスに向かう僧侶に託した。そして武官学校に籍を置いて以来、私は一度もナダイ様のお顔を見ることも無かったし、手紙を書いても返事は無かった。  勇者になる――昔は経験のある勇者と旅をし、ひたすら技を磨くに始終したが、今は学校を出ていた方が何かと信頼があり、コネで仕事も増える。時代は変わった。  バーベルスベルグの姓。これが私のたったひとつの形見になってしまった。  そして十年ぶりに会ったカーリャ様は「少し」変わられていた。  胸まである真っ直ぐな髪は濃いすみれ色。前髪の隙間から見える瞳はサファイヤブルー。  繊細なお顔立ちはご幼少の頃から健全だった。  変わったのは、あどけない少年は美しい青年に成長され、背丈は私よりゆうに頭ひとつ分の差があったこと、そして……。 「あんた、明日の葬儀までいられるんでしょ? アタシはアトリエで寝るから、アタシのベッド使っていいわよ。あんたの子供用ベッド、とっくの昔に捨てちゃったから」   一瞬、耳を疑った。 『アタシ』 『いいわよ』 ――なぜおネエ言葉? 昔はそんな話し方ではなかった。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

123人が本棚に入れています
本棚に追加