トロンプ・ルイユ

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 しかし。ただ画面を覗き見ていただけの者に、これだけの所業をやって退けられるだろうか?  投稿されている小説は、書き出しから一語一句違わず、全て男の草稿と同じものなのである。  よもや自分がトイレに立った僅か隙に、パソコンにあるデータを抜き取るといった、スパイ映画さながらの行為が行われていたのではあるまいか。  いや、特殊な技術や技能を用いる事を踏まえれば、もっと間接的な方法だって考えれられる。  コンピューターウイルスやハッキングと呼ばれるものだ。   そういえば数日前にアダルトサイトを覗いた時に、誤って怪しげなバナーをクリックしてしまった。もしかしたら、あれが関係しているかもしれない。  男はそうして次々と可能性を考え連ねていったが、どうにも釈然としない思いを拭い去る事はできない。  自分は未だ世に出ていない、それどころかこれまで一度として他人に自分の作品を読ませた事すらもない小説家なのである。  そんな自分の作品を、誰が真似ようと思うだろうか?  この考えが、男の導きだしたどんな答えも、靄がかかったかのような朧気な姿に形を変えてしまうのであった。  それでも、今ディスプレイに写し出されているのは、確かに自分の考えた小説である。
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