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Era/届かぬ祈り
「老人ホームのおじいちゃんに会いに行ったんだけどさ、そのホームのカレンダーが平成じゃなくまだ昭和なのー。昭和94年って」
「え、なんでー」
「平成何年って数えると、おじいちゃんたちが変わり目わかんなくなるんだって。だから平成にしないで昭和が続いてるんだってー」
「老人ホームの中はまだ昭和なのかー」
「昭和、60年以上続いたもんねー。ヒドイッ」
「ひどくないよー。平成もその次の元号にしないで数え続けるのかなー、うちの親が老人ホーム入る時」
「そうかなー。平成は30年で終わりだもん。あんがい計算できちゃわない?」
「そうだよね。昭和と平成は違うもんねー」
電車の中で女子高校生が無邪気に喋っているのを平泉は複雑な気持ちで聞いていた。
突然食道を切りつける、鋭く尖った液体が吹き上がってくる。
!!
だめだ!!
いつも持っている黒いビニール袋にそれを吐き出した。ぎょっとする周りの乗客の視線が痛い。
幸運なことに電車の自動アナウンスとチャイムがなり、ドアが開いた。
平泉はそのドアの向こう、ホームに逃げ込んだ。
そして、ホームの影に逃げ込んだ。
電車の乗車促進音、そして電車のドアが閉まる音、電車が発車するインバータの唸り音。
その間じゅう、平泉は戻し、戻し、戻し続けた。
そして胃液すらも枯れた喉で、自分の勤めている大学へ『少し遅れる』と連絡を入れた。
まただ。
こんな日々が続いて、体重も減った、と言いたいところだが、なぜか体重が増える。
ストレス太りと胃痛の合併症。こんなこともあるのか。
悲しいけれど、これがこの仕事の重み、というか、呪いに似たものなのだろう。
――そりゃ、呪われるだろうな。
平泉は自販機で水を買って口をすすいだ。
こんなとき、歴史上の先輩はどうやってきたんだろうか。
同じようにこうやってのたうち回ったんだろうか。
この苦しみは、この制度が続く限り同じなのだろうか。
制度を廃止せよという話もよくある。たしかにやめた国も多い。
この21世紀の、パケットが銃弾とコインの代わりに飛び交う世界で、まだこの制度が生き残っている理由。
議論は別れるだろう。だが、こうして呪われてもいいと思ってきた。
しかし……こう連日だと、その心も折れそうになる。
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