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「さあな。だが、そこにはこの国の歴史認識を根底から覆すようなことがいくつも書かれているらしい」
「らしいらしいばっかりでお前の話はよくわかんねぇな」
「でも本当の話なんだ。神託には未来のことも書かれてるって話だ。軍上層部は神託に従って戦争を進めているって」
それは夜間訓練を終え、ほかの一等兵たちと一緒に兵舎に戻る途中、中隊長の部屋の前を通りかかったときに偶然聞こえた話だった。会話の相手は誰かはわからなかったが、中隊長の態度からしてそれよりさらに上の佐官クラスの人間に思えた。
「おい」
二人の兵士が顔を上げると、目の前に仁王立ちした男が立っていた。満月を背後に立っているため、その顔は陰になっていてわからないが、見るからに兵隊ではないことは闇に紛れる黒っぽい外套から明らかだった。
男は若々しい少年のようにも、年老いた老人のようにも見えた。
「誰だ??」
「銃を下ろせよ。俺は忠告しに来てやったんだ。もしその話が単なるほら話か寝言でないと言うならば、今すぐ荷物をまとめて兵営から出ろってな」
「どういう意味だ?」
「もしお前のきいた話が本当だったとしたら、それは軍幹部だって厳重な口外令を敷くような国家レベルの機密だぞ。士官はおろか、ただの兵隊にまでそんな話が漏れているんだ、自分たちがどうなるか想像できるだろう」
男の言葉に二人の兵士の顔から色味が消えた。
その直後、地面から突き上げるような轟き、爆発音が聞こえた。
「夜中に兵営を爆破して、寝ている兵隊たちをみんな皆殺しって訳か」
背後で赤く燃える兵舎を見ながら、男は冷静に呟いた。
「いいか、全力で南へ逃げろ。一切振り返るな。誰が追って来ようと、走り続けるんだ。そうしないと、田舎に残してきたおっかさんにはもう金輪際会えないぞ」
それでもしゃがみこんで立てないでいる二人の腕をを引っ張り上げ、
「こんな馬鹿げたところで死ぬ必要なぞあるかっ」
と男は一喝した。
「お前はっ」
走っていた一等兵の片方が立ち止まり、かけていく男の背中を呼び止めた。
「お前は、どこへ行くんだ」
「俺はまだやることがあるんでな」
そう言うと、男は黒い外套を翻し、昼間のように明るい夜の闇の中へと消えていった。
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