水槽

1/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

水槽

タイトル『水槽』 *****  今日は特別な日なの。正確には明日なんだけどね。  日付が変わるタイミングを今かと待ち構える。時計の秒針から目が離せない。 「もうすぐだね」  来年も祝ってあげなくちゃ。  何度でも祝うよ。嫌だと言っても、ずっとね。  いつまでもこの幸せが続けばいいのに。  暗い部屋の中をぼんやりと照らすのは1つの水槽。  ルーズな自分だが、この水槽の世話だけは欠かさずしている。世界一を自称してもいいアクアリウムだ。  小学生のとき育てたアサガオすら全部枯らすほど、私は何かの世話ができない。  今まで何も育てられなかった自分が、大きな水槽の手入れを小まめにしている。数ヶ月も欠かさず手入れをしている。 「だから彼氏なんてもうできてないんだろうけどね」  しばらく恋人なんていらない。ネコを飼う女は一生独身だなんて言うけれど、この水槽を眺めてうっとりする私もきっとそうなる。  適当な恋人作って、適当な家庭を築いて、子どもを産んで――……。 「おかしい。独り身は可哀想ってみんな言う。私は今こんなに幸せなのに」  恋愛話に興味すらなくて、女子会での私はただの聞き専。そういうの本当に興味ない。高校生じゃないんだからさ。  母は実家に帰る度に孫の顔が見たいって言う。将来の幸せを考えて家庭を持てってうるさい。 「こんなことになるなら、あの人に告白しておけばよかった」  今年こそは彼が恋人ですって言うところを何度想像したことか。  誰もいない早朝にうちの前をランニングしていた爽やかな青年に、私は片想いをしていた。  水槽を手に入れてからは、その青年への気持ちも消えてしまったけど。  のんきな性格してるんだから行き遅れちゃうよだとか、余計なおせっかい。  中途半端な結婚なんて私は嫌だ。  誰かに指図されて人生のレールを決められるなんて絶対に嫌。    婚活や街コンに参加したことあるけど疲れるだけだった。  ろくでもない男ばかりに見える。もしかして、まだあの人に片想いしてるのかな。  探さないと出会いはないって言うけれど、なくていいの。  連絡先だけ交換して、会話もしない人をリストから削除するのも疲れるんだよね。  たった1つ、大切な物があるだけで、生きているのがこんなに楽しくなるとは思わなかった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!