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水槽
タイトル『水槽』
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今日は特別な日なの。正確には明日なんだけどね。
日付が変わるタイミングを今かと待ち構える。時計の秒針から目が離せない。
「もうすぐだね」
来年も祝ってあげなくちゃ。
何度でも祝うよ。嫌だと言っても、ずっとね。
いつまでもこの幸せが続けばいいのに。
暗い部屋の中をぼんやりと照らすのは1つの水槽。
ルーズな自分だが、この水槽の世話だけは欠かさずしている。世界一を自称してもいいアクアリウムだ。
小学生のとき育てたアサガオすら全部枯らすほど、私は何かの世話ができない。
今まで何も育てられなかった自分が、大きな水槽の手入れを小まめにしている。数ヶ月も欠かさず手入れをしている。
「だから彼氏なんてもうできてないんだろうけどね」
しばらく恋人なんていらない。ネコを飼う女は一生独身だなんて言うけれど、この水槽を眺めてうっとりする私もきっとそうなる。
適当な恋人作って、適当な家庭を築いて、子どもを産んで――……。
「おかしい。独り身は可哀想ってみんな言う。私は今こんなに幸せなのに」
恋愛話に興味すらなくて、女子会での私はただの聞き専。そういうの本当に興味ない。高校生じゃないんだからさ。
母は実家に帰る度に孫の顔が見たいって言う。将来の幸せを考えて家庭を持てってうるさい。
「こんなことになるなら、あの人に告白しておけばよかった」
今年こそは彼が恋人ですって言うところを何度想像したことか。
誰もいない早朝にうちの前をランニングしていた爽やかな青年に、私は片想いをしていた。
水槽を手に入れてからは、その青年への気持ちも消えてしまったけど。
のんきな性格してるんだから行き遅れちゃうよだとか、余計なおせっかい。
中途半端な結婚なんて私は嫌だ。
誰かに指図されて人生のレールを決められるなんて絶対に嫌。
婚活や街コンに参加したことあるけど疲れるだけだった。
ろくでもない男ばかりに見える。もしかして、まだあの人に片想いしてるのかな。
探さないと出会いはないって言うけれど、なくていいの。
連絡先だけ交換して、会話もしない人をリストから削除するのも疲れるんだよね。
たった1つ、大切な物があるだけで、生きているのがこんなに楽しくなるとは思わなかった。
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