手紙

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手紙

── アニキ……ごめんよ……。 アイテテテテ。 何か夢を見ていた。 目を開いた途端、まるで魔法のランプに 魔人が吸い込まれていくみたいに夢は 消えていった。 何か重要な事を告げている夢だった。 夢の中で誰かが……死んだ。 そもそも大鯰を釣ってその腹から 1枚100万近いロマノフ金貨が出て来た という事の方が夢オチで終わりそうな話だ。 昨日の事だと言うのにどこかまだ ぼんやりしていて現実味が無い。 珈琲専門店『ジェイド』……。 チョコレート色のドレスを 身にまとう占い師。 例の鯰で作られた フィッシュアンドチップス。 ブラックルシアン。 身体を横たえたまま 意識は現実世界へと戻って来たけれど 俺の脳はまとまらない記憶の海で いつまでもまどろんでいた。 耳の痛み……朝の儀式は始まっていた。 居候猫の黒豆は 俺を起こす為に耳たぶを囓る。 初めはアマガミ。 徐々に強く小さな牙をたてる。 それでも起きない時はマブタを踏む。 まだプニプニの肉球だから痛くはない。 少しずつ体重をかけて 最後には顔の上で香箱を作って丸くなる。 黒豆は小さいから重たくはない。 ただ呼吸ができない。 ……っぷわあぁぁ! 黒豆は布団の上に転げ落ちる。 そして嬉しそうに目を輝かして 俺を見上げる。 「さぁ。こっちだよ」と言ってるみたいに 後ろを振り返り振り返り 自分の皿の前に座る。 俺は決死の覚悟で心地良い布団から 抜け出して冷たいキッチンの床を歩く。 寝ぼけまなこでザラザラと ドライフードを袋から皿へと入れる。 黒豆はその一粒一粒を 奥歯でカリカリと大事に食べる。 そして丸い粒を5個残して 格子のはまったキッチンの窓から 近所の見回りへ出かける。 皿に残されたキャットフードの花びら。 これはパトロールから帰ったら食べる為 あえて黒豆が残しているオヤツ。 そんな黒豆なりのルールに気がついたのは つい最近の事だ。
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