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ジャガイモと拳銃
「何ニヤけてるの?」
美樹はそう言うと止める間もなく
勝手にズカズカと部屋に上がって来た。
確かに数ヶ月前まで一緒に暮らしていた。
でも今はもう全く赤の他人のハズだ。
会社が傾いた時、
後輩の代わりにリストラ対象になった俺に
「泥舟に乗るのはゴメンだわ」
そう言って社長の親戚だという鍋島に
乗り換えた女だ。会社が潰れた後、
俺は美樹からの連絡を一方的に絶った。
当然だろう。
自分の珈琲をキッチンで勝手に淹れて
床のクッションに美樹は座った。
「で……今の誰?」
── それを説明する義務があるのか?俺に。
黙っていると美樹は続けた。
「あなたってズルい男よね。
早期退職でチャッカリみんなより
沢山お金もらって。残された私達は、
突然職を奪われた挙句退職金もゼロ。
何故?……会社があなたに多く
払っちゃったからでしょ!」
── それは俺のせいではないと思う。
「みんなが苦しい思いをしてる時、何?
訳のわからない女と
イチャついちゃって……」
── 残念ながらイチャついては
いなかったと思う。加えて言うならば、
訳のわからない女はお前の方だ。
「何の用?
鍋島と幸せに暮らしてるんじゃないの?」
嫌味の1つも言ってやろうと
放ったセリフに美樹は逆上した。
「あの男は会社側の人間でしょ?
お金払わずに逃げてる側の。
どこかの別荘に雲隠れよ!
返してよ! 私が置いていった物全部」
── 置いていったものどころか、
俺の物まで勝手にとっくの昔ごっそり
持って行っただろ?鍋島のところに……。
美樹は狭い部屋の中をキョロキョロ見渡し
持ち帰れる物が何も無い事を
悟ったようだった。
そしてしばらく何か考えていた。
「あ。さっきあの女が言ってた
『高額で買い取る』って何の事?
無職のあなたが何故高額な何かを
持ってるワケ?」
── ドアの近くで聞いていたのか。
俺は極力無表情で何も答えなかった。
その態度が気に入らなかったのか
美樹は意地悪く微笑んだ。
「そうだ……猫。黒い仔猫……。
アレ、私のだわ。連れて帰るから」
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