* 六花の涙 *

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だけどおれたちは、側にいてはだめなんだ。 おれは光の足枷になんてなりたくない。 光には輝ける世界で笑っていて欲しかった。おれに関わって世界を狭めて欲しくなかった。 だからおれは縁もゆかりもないこの土地を選んだんだ。 自分に関わるすべてから距離を置くために。 それにこの場所でなら、一人でいることが許されるような気がしたんだ。 「『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』」 おれがとある小説の冒頭を(そら)んじると光の声が続いた。 「『雪国』か」 「そうだ。ずっと憧れていたんだ。この文には主語がない。主語がないんだよ」 光がじっとおれを見ている。 「それって素敵なことだ。鳥のように高いところから世界を見下ろしているだけなんだ。おれはそれに憧れていたんだ。良いも悪いもないあるがままの世界を、おれは自分という枠を抜けて眺めていたいんだ」 いままで心の奥に凍りつかせていた想いを、はじめて言葉に変えて解き放った。 光はなにも言わずに眼を細めて、唇を噛み締めた。 その瞳は冬の海のように淡くて、涙色をたたえていく。 やがて腕で覆い隠すと、ぐすぐすと鼻を鳴らし、やがて嗚咽(おえつ)を零しはじめた。 「ごめんな、光」     
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