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だけどおれたちは、側にいてはだめなんだ。
おれは光の足枷になんてなりたくない。
光には輝ける世界で笑っていて欲しかった。おれに関わって世界を狭めて欲しくなかった。
だからおれは縁もゆかりもないこの土地を選んだんだ。
自分に関わるすべてから距離を置くために。
それにこの場所でなら、一人でいることが許されるような気がしたんだ。
「『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』」
おれがとある小説の冒頭を諳んじると光の声が続いた。
「『雪国』か」
「そうだ。ずっと憧れていたんだ。この文には主語がない。主語がないんだよ」
光がじっとおれを見ている。
「それって素敵なことだ。鳥のように高いところから世界を見下ろしているだけなんだ。おれはそれに憧れていたんだ。良いも悪いもないあるがままの世界を、おれは自分という枠を抜けて眺めていたいんだ」
いままで心の奥に凍りつかせていた想いを、はじめて言葉に変えて解き放った。
光はなにも言わずに眼を細めて、唇を噛み締めた。
その瞳は冬の海のように淡くて、涙色をたたえていく。
やがて腕で覆い隠すと、ぐすぐすと鼻を鳴らし、やがて嗚咽を零しはじめた。
「ごめんな、光」
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