* 六花の涙 *

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けれどそれは勘違いだったようで、左手は地面に垂れたままだった。 そこにはうどん屋で見せてくれた時計がはめられたままになっている。 おれは静かに腕時計を外し、自分の左手に装着する。 光の体温で腕時計は温かかった。 おれはできるだけ足音を立てないようにベランダへ近づき、カーテンの隙間からクレセント錠を外した。 そしてベランダに出てすのこのうえに座る。 塀の向こう、物干し竿のあなたに広がる夜空を見上げると、粉雪がはらはらと舞い落ちてきた。 人間にも様々な性格があるように雪の落ち方にも個性がある。 建物近くに降り注ぐ雪の速度は早く、その向こうは心なしかゆっくりだ。 今夜は無性に、だれかの温もりに触れたくなった。 おれは身を屈めるようにしてズボンのポケットから携帯を取り出し、茜の電話番号を探した。 迷った末に発信ボタンをタップする。 三回ダイアルして通じなければ切ろう。 一、二回目は繋がらず、三回目もこのまま終わると予想した矢先、ぶつっとダイヤルが途切れた。 「もしもし、お兄ちゃん」 「あ、あかねか」 「そうよ。どうしたの、こんな時間に」 通じるとは予想していなかったので、咄嗟に言葉が出なかった。 おれの顔を見に去年遊びに来て以来だから一年ぶりの会話になる。     
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