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おなかを満たし終えると、次の目的地である銭湯へと向かう。
温まった体を冷やしたくないのでバスを利用する。
空席ばかりのバスに揺られること数分、湯と書かれた荒びれた看板が見えてきた。
建物の塗装は剥げ落ちて老朽化が進み、地元の住民によってなんとか経営が成り立っているような有様だった。
チケットを券売機で購入し、番台に渡して暖簾をくぐる。
バスケットが置かれた棚に服を突っ込み、浴場へ続くスライド式扉を開ける。
立ちのぼる湯気に視界を塞がれて肌の表面が粟立つ。
閑古鳥が鳴いていて、ほかの客はいなかった。
「しかしおまえ、風呂でも眼鏡を外さねぇんだな」
光はあきれ顔でこちらを見ていた。
「ひどい近視で手離せないんだ」
ひび割れた石けんで体を磨き、段差に腰かけるようにして湯に浸かる。天然の石壁は幾何学模様でおもしろい。
「良くこんなところに住めるなって感心するよ。ここで生活するなんておれには絶対に無理だ」
おれは湯気で煙に巻くように返事を返さなかった。
だからこそこの地を選んだ、とは、とても言えなかった。
すると背後で扉が滑る音がして、ぴしゃっと水を跳ね飛ばす足音が続く。
どやどやと若い声が浴場に木霊した。
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