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誰かがゴミ置き場に寄りかかった。最悪の状況だ、僕から男の背中が見えるってことは、男が振り返れば僕が目に映るってことだ。男はふーっ、吐き出したタバコの煙をくゆらせながら、壁に立ち並ぶ娼夫を物色しているらしい
周囲の喧騒はまだ止まない。逃げるなら、今しかない。でも、物音を立てず、気配も消してどこまで逃げられる? もし見つかったら・・・・・・
メル兄ちゃん、助けて、メル兄ちゃん
足が震える。息までも震えそうになって、必死に呼吸を静めた。怖がるな、僕しかいない。逃げろ、逃げるんだ。その時、男が振り返った。ゴミ置き場の端に押し付けようとしたタバコの先端を持ち上げ、電灯の代わりとするように、暗い闇を照らして
「司法警察だ!」
叫ぶと同時に野次馬の方へ、突進した。手に武器を持つ屈強な男が数人、激流のような喧騒の沸き起こる中へ駆け込んでいく。男の手を放れた火の灯るタバコが弧を描き、僕へと迫ってくる。このままだと髪に火が灯る。なのに、足がすくんで動けない。日本州警察が家を飛び出た試験管ベイビーを補導し、精子提供者の元へ連れ戻すのはニュースで見て知っていた
もう駄目だ。兄だった人が僕が逃げ出したことに気付いて、捜索願をだしたんだ。絶望に打ちひしがれた僕にはもう、火の粉を払いのける気力もない
―――ごめんなさいメル兄ちゃん。僕はここで、終わりです
目を閉じて、炎に包まれるのを待った。暫く待った。おかしい、いつまで経っても熱くならない。それどころか、僕の肩にコートが掛けられた。戸惑いながら目を開けてみると
「キミがいるのに変だね、僕の嫁が見当たらない。そんな格好でかくれんぼしていた理由をお兄さんに教えてくれる?」
僕の目の前に、助けを求めようとしていた男がいた
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