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転ばぬ先の杖
もうあれから四〇年になる。随分経ってしまった。
凍えたわたしの腸に染み渡ったのはごちそうになったコーンスープの温かさと、Tさんの優しさであった。
翌朝、強風のなか、K岳登頂を目指してTさんは雪洞を出ていき、帰らぬ人となった。わたしも一緒に行こうかどうしようか迷った。彼は勇敢でわたしは臆病だった。だが、ときには臆病が幸いすることもある。
冬山では瞬時の判断が生死を分ける、誰でも頭ではわかっているが、なかなか決め兼ねている内に取り返しのつかないことになる場合も多々ある。
今でも辛い記憶ではあるが、この文章がこれから冬山を始めようとする皆さんの転ばぬ先の杖になってくれれば著者冥利に尽きる。
山鯨山房主人 榎戸 総一朗(登山家)
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