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そこまで読み終わると、わたしはふぅっと紫煙を吐き出し、出版社から届けられた山岳雑誌の自分の文章が掲載されている場所に付箋をつけた。俄にアラスカン・マラミュートのゴンが一声吠えた。デッキに出てみると、何人かの顔見知りの連中が家の前にいた。通年営業している山小屋で働く若い連中だった。その彼らの表情が緊張で引き締まっている。何事かあったらしい。最近は天候も安定しているのだがどうしたんだろう。よおっと片手を上げてリーダー格の長田君に挨拶したとき、彼らが持っているものに目を奪われた。ソリだ。スコップを持っている者もいる。
「遭難か?」
「ええ。雪渓にザックが見えたと、……遭難者がいるかもしれない、と通報があって。山岳救助隊も合流する予定です」
「そりゃあ心強いな」
今はつくづく便利な時代だ。スマホのGPSのおかげで遭難しても位置特定ができる。電波さえつながればスマホで連絡も可能だ。
「同行するか?」
一同の顔が明るくなった。
「頼みます。総一朗さんがついてきてくれれば心強いです」
わたしはすぐさま身支度を整えると、ザイルやピッケル、念のためにアイゼンをパッキングしたザックを四駆に放り込んだ。
わたしは運転をしながら、先程の記事の元となった事故を思い出していた。
当時、登山ブームが起こり、次々と難関と言われた山が制覇されていき、ルートが決定されていった。登れば大抵がパイオニアワークとして記録された。わたしは名前を残したかった。
そして四十年前、まだ大学生の頃にK岳登頂を試みた。未知の山ではなかったが、冬山の洗礼を浴びた。
そこで数々の記録を残しているTさんと出会った。今から考えたら初心者とさして変わらない俺にTさんはさぞや呆れたであろうが、快く雪洞のなかに招き入れてくれた。
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