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彼の物静かな風貌は今も克明に思い出すことができる。それがどうして……。
夏のK岳は緑が美しく、恐らく頂上付近は、高山植物で賑わっているだろう。それにしても中高年の登山者が増えたものだ。運転席の後ろに座った長田君に声をかける。
「ねえ、長田君。随分とお年寄りが増えたよね」
「そうですね。俺たちも道迷いのレスキューによく駆り出されます」
「ご苦労さんなことだ」
「でも無事な顔を見られるとね、ほっとします」
「山頂はコマクサがきれいかな」
バックミラーの中で俺と長田君の目が合った。
「……ええ。お客さんが昨日写真を見せてくれました。これ、随分と古いピッケルですね」
「ああ。学生時代から使っていて。今時そんな直線の柄なんて探そうと思ってもないだろう?」
「そうですね。時代を感じます」
長田君は白い歯を見せて笑った。
山をこよなく愛する長田君は、かつて俺がレコード争いをしていたことなど知るまい。今は引退状態で、時々は山雑誌に寄稿する、嘗て有名だった爺さんという認識だろうか。
ブナの美しい森を抜け高度を上げていく。森林限界を過ぎたあたりで特別車両も乗り入れできなくなる。ここからは歩いて現場へ向かう。
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