転ばぬ先の杖

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 三〇分ほど歩いた頃、天空の花畑と称される美しいカールが近づいてきた。大きな底では例年だと雪が残り夏スキーを楽しむ人々で賑わうのだが、地球温暖化の影響か、今年は全く雪がない。 「アイゼンまで持ってきたが要らなかったようだね」 「そうですね。どのあたりなんでしょう」 そう言いながら長田君はあたりを見回しながらコースを歩いて行く。 「あの人かな」 大きく手を振り回している人が見える。我々は足早に近づいていった。 「ご連絡をくださったのは、あなたですか」 全員を代表して長田君が尋ねる。中年の男性は頷くと、あそこなんです。と指をさした。 コースから外れた切り立った稜線の崖が始まるあたりに、人工の色が見える。俺は双眼鏡で確認した。 「ザックかな。色あせていてはっきりしないが」 「行ってみましょう」 わたしと長田君、山荘有志の面々がそちらへ向かって歩き出した。 「ザックですね。相当古いな。あ、あれか?」 長田君が駆け出すと、それにつられて全員が走った。わたしは、最後をゆっくりと歩いていった。 ……赤いヤッケに赤のオーバーズボンを履いたご遺体があった。 「随分古い装備だな」と誰かの呟きが聞こえた。「滑落かな」「うん。冬は稜線を一歩踏み外せば、な」そんな若者たちの声が聞こえる。そのとおりだった。警察が追いついて来た。  全員でご遺体を囲み合掌をする。発見者の男性も一緒に手を合わせていた。     
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