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天空の花畑
「どうもご苦労様です」
と声をかけてきたのはY県警山岳救助隊のリーダー、長田氏である。引き締まった体躯に浅黒い皮膚、穏やかな目を持った正義感の固まりのようないい男だ。幾度か山岳救助も一緒に行った、知友といってよい間柄だ。
「ああ、長田さんも。ご苦労様です」
「仏さん、随分昔の装備みたいだけど」
わたしは長田氏の見解を聞きたかったが、その前に
「長田さん、お願いします」
と若い救助隊員が声を上げた。警察がくれば救助は警察の領域になる。遺体は毛布とツェルトに包まれソリに固定された。踏み固められた登山道を観光客がこちらに気づいているのかいないのか、楽しげに歩いて行く。
「長田さん、これが」
若い救助隊員が古く――おそらくは硬く変化しているであろう――ビニール袋を掲げた。中には……
「手帳ですね。山行録かな」
「ご家族のもとへ戻すものだからな、丁寧に扱えよ」
「はい」
長田君――彼もナガタだ。このあたりには多い名前なのかもしれない――がじっとその手元をみていた。それから俺の方に近づいてきて、「身元がわかるといいですね」とポツリと言った。
「ご遺体を引き上げる度に、そう思うよ」
わたしは厳粛な顔つきで答えた。
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