第四章 すれ違う想い

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「さて! 帰れと言われたので、私は帰りますか」 そう言って歩き出した店長の奥さんに 「あの!」 と、必死に声を絞り出した。 不思議そうな顔をして振り向いた店長の奥さんに 「ありがとうございます」 そう言って深々とお辞儀すると 「こんな素敵なディスプレイを見せて頂いて、勉強になりました。それから私、自信はまだ持てないですけど、これからも頑張ります!」 と言って、再びお辞儀をした。 感謝の気持ちを、どうにか伝えたかった。 すると店長の奥さんは笑顔を浮かべて 「あ~、残念。こんな可愛い新人さんを、私が育てたかった~」 そう言って、私をギュッと抱き締めた。 人に抱き締められた事なんて子供の時以来で、何故だか分からないけど、涙が溢れそうになってしまう。 「色々あるだろうけど、頑張ってね。あなたは素敵な販売員になれるから」 店長の奥さんに言われて 「はい」 と笑顔で答えた私に、店長の奥さんは笑顔で頷くと、ヒラヒラと手を振ってから、ゆっくりとした足取りで階段を降りて行く。 「素敵な人でしょう?」 慌てて追い掛けた店長に連れられて、ゆっくりと帰って行く奥さんを見送っていると、杉野チーフが呟いた。 「はい」 と返事をした私に 「私の目標なの。園田さんはね、いつも大きな心で私達を包んでくれていたから。私はね、柊さんを甘やかしているんじゃないの。あなたは絶対、このお店にとって大切な人になるって、私はそう思っているんだ」 杉野チーフはそう言うと、優しく微笑んだ。 私は店長の奥さんと、杉野チーフの気持ちに胸が熱くなった。 このお店で働けた事に、心から感謝せずにはいられなかった……。  しかし、この時の私はまだ、この後に凄まじい戦いが待っている事を知らなかった。
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