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切れ長の凛々しい目の中にある漆黒の綺麗な瞳が、何かを訴えるように揺れたような気がした。
森野さんの瞳に魅入られてしまったかのように、私は視線を外せなくなる。
どの位、見つめ合っていたのだろうか?
多分、時間にしたらほんの数秒かなのかもしれない。でも、この時の私には、とても長い時間に感じた。
ふっと森野さんの表情が緩むと、ゆっくりと私から視線を外して
「お前、歌が下手だな」
そう呟いたのだ。
「ぎ、ぎゃ~~~~!!!!!!」
森野さんの言葉に顔から火が噴出したようになり、思わず悲鳴を上げた瞬間
「馬鹿! 声がデカい!」
そう言われて、森野さんに後ろから口を塞がれてしまう。
その時、初めて森野さんの手の感触を唇に感じた。男の人らしい、長くてゴツゴツした指と大きな手が思ったより冷たくて、どれだけ長い時間外に居たのかを教えてくれた。
口を塞がれて黙り込んだ私に、森野さんはそっと私の口から手を外し
「あ……悪い。此処までバレたら、居場所がなくなるからさ」
ポツリと呟き、森野さんは再びタバコを口へ咥えた。
横顔が遠くて、隣に座っているのに遠い存在に感じる。
「休憩室は?」
疑問に思って尋ねると、森野さんは
「外野がうるさい」
とだけ答えた。
森野さんは容姿とスタイルがモデル並みに良いので、お店で働くバイトの女の子達が狙っているという噂は聞いていた。
だから、森野さんの行く先々で、森野さんを見つけたバイトの女の子達が集まって来て仕舞うのだとか。
「あ!と言う事は、私も邪魔ですね」
慌てて立ち上がると
「バ~カ。お前が先客だろう? それに、邪魔なら声掛けねぇ~よ」
と答えて小さく笑う。
その笑顔に、胸がギュッと締め付けられるように苦しくなる。
思わず手で胸元を握り締めた時
「お前、本当に好きなんだな」
ポツリと呟いた。
「え?」
思わず聞き返した私に
「それ、聞いてる時のお前の顔。凄い良い顔してたから……」
私から視線を外してそう言うと、森野さんはタバコを携帯灰皿へと押し込んだ。
「悪かったな……」
黙って森野さんを見つめて居る私に、森野さんは遠くを見たままポツリと呟いた。
「お前がそんなに大切にしているとは知らなくて、けなして悪かった。きっと、その歌ってる奴も……、お前がそんなに好きでいてくれて喜んでいるんじゃねぇか?」
誰に言うわけでもないような……そう、まるで独り言のように続けた。
「そうですかね? だと嬉しいですけど……」
照れて笑う私に森野さんは小さく微笑むと
「そんなに大切にしている人を、悪く言われたら腹が立つよな」
独り言のように呟いた森野さんの横顔が、やけに悲しげで思わず黙って横顔を見つめてしまう。
こんな時、近くにいるのに森野さんを遠くに感じてしまう。
「そんな……私こそ、森野さんに失礼な事をたくさん言ったのでお互い様です」
必死に吐き出した私の言葉に、森野さんは私に視線を向けて小さな微笑みを浮かべると、ゆっくりと元の場所へと視線を戻した。
何も映していないような……、私には見えない『何か』しか映していないような瞳は、これ以上、私を森野さんに近付けさせないようにしているかのようだった。
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