第四章 すれ違う想い

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 私はこの時に見た、まるで消えてしまいそうな森野さんの笑顔が忘れられずにいた。 悲しそうな、切なそうな……何かに耐えるような笑顔。 森野さんが何を抱えて、何に苦しんでいるのかは分からない。 それでも、少しでも森野さんの役に立ちたいと思うのは……イケナイ事なのだろうか? きっと……森野さんの音楽嫌いも、森野さんが抱えている『何か』が起因しているように思う。 私が『カケル』さん事件で森野さんと喧嘩した後、私は森野さんが音楽嫌いだと聞かされた。  杉野チーフや木月さんの話では、森野さんはクラシック音楽以外は全く聞かないらしい。 いちじき、お店で邦楽を流していたら 「うるさくて、仕事に集中出来ない」 と文句を言っていたらしい。 なので、カラオケに誘っても行く筈もなく……。 一度だけ、店長に誘われて店長の奥様と杉野チーフと一緒に森野さんもカラオケに行ったらしいが、人の歌を聴く専門で決して歌わなかったらしい。 その時に無理矢理、童謡の「ふるさと」を唄わせたら、全く音が取れていなくて壊滅的な歌声だったのだとか……。 「勿体無いよね……、あんなに良い声しているのに……」 杉野チーフが残念そうに呟いていたっけ……。 「でもね、森野君に弱点があるっていうのには、親しみがわいたけどね」 小さく笑って話す杉野チーフの言葉に、私はいつの間にか「カケル」さんと森野さんを別に考えていた事に気が付いた。  そして、今なら自信を持って言える。 私はきっと、森野さんがカケルさんに似た声で無くても、必ず好きになったと……。
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