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「……でも」
ふと、ゆりが立ち止まって言った。
ボソッと呟かれたその言葉は、とても小さい声だったが僕の耳に届いた。
どうせいつもの強がりだろ、と思いつつ横を見ると、彼女は黙って俯いていた。
「え……?」
はち切れそうでバカみたいにはしゃいでいる元気娘が、下を向いている。
正直僕はたじろいだ。
「でも、“あの時”は受け取ってくれたよね?」
元気のない声が響く。
僕は、黙ったまま彼女の方を見ていた。
「ゴメン、帰るね」
ゆりは、そう言ったかと思うと、急に方向を変えて歩き出した。
彼女と別れるのはいつも、もう一つ先の交差点のはずだった。
突然の出来事に僕は言葉を失ったが、彼女を追いかけることは出来ず、そのまま後姿を目で追っているだけだった。
″あの時″。
ゆりの言葉を何度も何度も心で繰り返しながら、僕はしばらくの間ずっと一人で立っていた。
冷たい風が胸の中にまで沁み通るような、そんな気持ちになった。
☆
この街にも今朝は雪が降った。
いつもの見慣れた景色が真っ白な世界に変わり、違う場所にいるような感覚に陥る。
違う場所にいるような気になったのは、それだけではなかった。
「おはよう!」
「おはよう~!」
クラスメートたちが教室に入ってくるたびに交わされる挨拶。
しかし、今日は何かが足りない。
そうだ、ゆりの姿が見えないのだ。
僕は、昨日の帰り道の出来事を思い返しながら、静かな教室の中をぐるっと見渡したあと自分の席に着いた。
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