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 従業員室の机に顔を伏して、氷室は穏やかな寝息をたて始めた。  空調が効いていることだし風邪を引くようなことはないと思うが、念のため俺は後輩の背に厚手のタオルをかけておく。  色々あって疲れたのだろう。  俺も疲労感はあるが、何故か目は冴えきっていた。食い散らかした物をまとめて片付けて、ついでに用をたしにトイレに行く。便器に座り、さてズボンに手をかけようとしたところで……それは起こった。    トントントン!  個室のドアを外から叩く音が三度。  それだけのことが。  この状況下ではとてつもなく異常なことに感じる。 「は、入っています」  声がかすれる。  普通に考えれば、ノックの主は氷室ということになる。だが、ここは男子トイレだ。ならば店長か店員が戻って来たのか。  それとも。 「あ、あの?」 「……驚かせてしまったようで失礼。どうか、そのまま聞いて欲しい」  落ち着いた渋い声だった。  そして、心当たりのない声だった。 「私はサンタクロースを生業にしている者だ」 「サ、サンタ? サンタって、あのサンタ?」 「そのサンタだ。世界中の人々に夢を売るのが仕事だ」  大真面目に。  扉の向こうの人物は、荒唐無稽なことを言い出す。 「我々サンタが一般人に接触することは基本的には禁じられているのだが、緊急事態につき君にコンタクトをとった。混乱しているところ悪いが、あまり時間がないので簡潔に話す」  淡々とした事務的な物言い。  俺はドアを開けようとして失敗する。いつの間にか石になったかのように身体が動かず、唯一自由になるのは口のみ。
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