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夜が明けて
ピンポーン。
チャイムの音で目を醒ますと、私は急いで玄関の扉を開けます。そこには、研究員と思しき若い男性が立っていました。
「実験のご協力、ありがとうございました。そろそろ、最終のバスの時間となりますが、支度はお済みですか?」
実験終了の朝は自由解散となっており、午前中に時間をずらして往復するバスに乗って帰る事になっていました。これは、上手く行かなかったペアに対する配慮だそうで、過去にトラブルが起きた為の対策です。
最終となると、そのバスに乗らなければなりません。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。それより、報告しなければならない事があります」
「報告? 何でしょうか?」
私達は昨晩、結城さんを殺してしまいました。どんな理由があっても、人を殺してしまったからには、罪を償わなければなりません。八十島さんをなだめ疲れ、昨日は警察に通報してもらわなかったので、この場で報告するしかありません。
深呼吸をした後、私は殺人を犯した事を告白しました。
「実は、昨晩の事ですが、ペアの結城さんと口論になり、一緒にいた八十島さんと首を絞めて殺してしまいました。警察に通報していただけますか?」
「……え?」
予想外の告白だったのでしょう。研究員の方は、黙ってしまい、呆然としています。まさか、実験の最中に殺人事件が起きたなんて、前代未聞のトラブルです。このような心理実験で、怪我や殺人が起きた例は海外ではあるそうで、十分に対策をしていたと思いますが、実際に起こってしまうと、人はこのように立っている事しか出来ないようです。
慌てて、持っていたタブレットで何かを確認する研究員は数分後、不思議そうな顔をして、私にこう聞きます。
「えっと……八十島さんって誰ですか?」
「え? 八十島さんですよ。途中から、同じ部屋で同居することになった、八十島泉さんです!」
首をかしげ、再びタブレットで確認する研究員でしたが、やはり八十島さんの事を知らないようで、何度もタブレットをいじっています。
仕方なく、私は八十島さんの外見的特徴を話します。
「八十島さんですよ。若くて髪の長いモデル見たいな女性――」
「あの……途中から、参加者を増やすなんて実験は聞いていませんが……」
研究員の方は、至って真面目に言っているようで、嘘をついているようには見えません。しかし、DVDで小野寺教授から説明を受けていたので、私も納得がいきません。
「それなら、部屋の中を調べてください。結城さんの死体と、八十島さんがいますから!」
「はあ……そこまで言うなら確認してます」
研究員の方と一緒に家の中に入ると、死体のある寝室へと案内します。途中、リビングを通る時、散らかっていた空缶が転がっているのを見て、研究員の方の嫌悪する顔を見てしまいました。
寝室の前まで行くと、扉を開けて中を確認してもらいます。私は、結城さんの死体を見たくなかったので、廊下で待たせてもらいました。
「あの……部屋の中を調べさせてもらいましたが、死体なんてどこにもありませんよ」
「そんな嘘ですよね?」
「クローゼットから、ベッドの下まで確認しましたが、どこにも死体なんてありませんでした」
そんなはずはないと思い、寝室に入って確認しますが、結城さん死体はどこにもありませんでした。それどころか、八十島さんもいませんでした。
「そんな、信じてください。ここには、結城さんの死体があって、私と八十島さんで首を絞めて殺しました。お願いです、信じてください!」
「そう言われましても……」
納得のいかない私は、家中を探しましたが、結城さん死体も、八十島さんも見つける事は出来ませんでした。
「とにかく、最終のバスが行ってしまいますので急いでください」
そう言って、研究員の方はどこかに行ってしまいました。
一応、名簿と帰った方のリストを見せてもらえないか確認しましたが、個人情報の観点やトラブルを避ける理由で、叶いませんでした。
腑に落ちませんが、ここにいても仕方がないので、荷物をまとめると、最終バスの出るバス停へと向かいました。
最後に、バスの中を見渡しましたが、八十島さんの姿はありませんでした。
「それでは、出発します」
運転手の合図で、バスは発進します。車内には、外を眺めている中年の女性、手を繋ぎながら幸せなそうな歳の差カップルなど、他にも乗客が乗っていました。
私は独り、バスに揺られながら家へと帰るのでした。
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