他愛無い日々 32

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夢の中で愛され体が弾けそうになり、 目を開けると本当に晴馬が私を抱いていた。 酷いことをしたのに、どうして? 「晴馬、やり過ぎちゃってごめんね。怖かった?」 心を込めて謝りたくてしがみつくと 大きな体が重くのしかかってきて私の体の芯を激しく揺さぶる。 「……怖いなんてもんじゃない」 呻くように囁く彼の声がセクシーで、 少し怒っていることはわかって 胸の奥がひりひりと痛んだ。 お風呂から私が去ったときの晴馬の声を思い出すと、 今すぐ笑ってしまいそうになるのを必死で忘れようとする。 でも、私の前では全く格好つけない晴馬が可愛すぎて またあのか弱い声で自分の名前を呼ばせてみたい、なんてことを一瞬考えてから すぐに打ち消した。 馬鹿なことを……、と窘めつつ。 「もう大丈夫よ。私が守ってあげる」 上擦った声でそう言うと、たちまち唇を塞がれた。 「夏鈴、お前の怖いものはなに?」 脱力して眠りに落ちる寸前で問われた答えはただひとつ。 去年からずっと私は何かに怯えている。 それがはっきりとしないのは、とても気持ちが悪いことだった。 黒い雲に空を覆いつくされて 降り注ぐ雨あられの嵐の中を 私は長く耐えなければいけない。 絡みつく黒い蔦に足をとられそうになりながらも、 私は諦めずにその荒れ地を乗り越えなければならない。 波戸崎家のお墓の前で見た黒ずくめの背中に、 私は戦慄した。 忍び寄る闇の気配は 日増しに濃くなる。 そんな中で、自分を見失わないで行こう。 そう決意して奮い立たせるしか 自分を支えられない。 出来るなら晴馬や子供たちを巻き込みたくはない。 巻き込まずに乗り越えられる道があるなら 今すぐ知りたい。 振り払うことの出来ない不吉な予感。 だから、他愛無い日々が愛しくて。 この平和で愛しい時間を失いたくはなくて。 重なる度に生きる喜びを感じられる一瞬を 私は記憶にやきつけた。 「晴馬、愛してる」 「俺も、愛してるよ。夏鈴」 長い腕に巻かれてまだしっとりと濡れる肌に顔を埋めた。 「眠って良いよ。あとは俺に任せて……」 うんと優しい夫に甘えて今夜も私は眠りに落ちた。 昏い予感になんか負けられない。 ちゃんと眠ってちゃんと暮らして、 私はいつだって自分らしく生きていきたい。 晴馬と……。 end
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